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【体験レポート】「ストーリーのあるモノ」の台頭 ~はじめての活版印刷に挑戦してみた!~

2018年の今、消費者は何を欲しがるのでしょうか。
人々の消費行動が多様化し、「モノ消費からコト消費へ」と言われて久しい昨今、近年その傾向が顕著である要因の一つに、情報の発展によってデジタル化されたコンテンツがいつでも、かつその多くが無料で手に入るようになり、モノを所有する意義が低下したことが挙げられます。
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これからの消費者動向とは
一方で、デジタル化されていない情報やコンテンツの価値が相対的に高まるという影響も考えられ、ここに新たなビジネスの切り口が隠れているのではないでしょうか。
経済産業省が2017年3月に発表した「消費者理解に基づく消費経済市場の活性化」研究会報告書によると、2000年から2015年の5年間における消費者価値観の変化について「とにかく安くて経済的なものを買う」という割合が50.2%から34.5%へ減少した一方で、「自分のライフスタイルにこだわって商品を選ぶ」という割合が22.9%から31.8%へ上昇しています。また、同調査内では消費者の価値観の変化についても言及しており、「商品は物そのものが重要で、物がよければ背景やストーリーは気にしない」という人の割合が全体の39.4%であったのに対し、「商品の背景やストーリーまで含めて商品の価値である」と答えた人は60.6%にのぼりました。
以上の調査から、人々は単に安いものではなく「自分らしいもの」を買い、そして消費に対してストーリーを求めたり、より「共感」を重視する傾向があるということが分かりました。
「自分らしさ」「体験」「ストーリー性」
そんな言葉がキーとなる今、注目が集まる新たなサービスを発見しました。
その名も、活版印刷ワークスペース「Echos(エコース)」。人々の関心を引き、魅了するサービスとその背景に迫ります。
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時代は「高品質な量産物」から「ストーリーのある一点モノ」へ
「なつかしいけどあたらしい」をコンセプトにものづくりを行うペーパーアイテムメーカーの真創株式会社。同社の沖 那菜子さんは、活版印刷のワークスペースを開くためにクラウドファンディングで資金を募ったところ、見事目標金額1,000,000円を集めることができ、2017年9月に「Echos」をオープンさせました。
印刷機はすべて時間貸し。名刺やハガキなど小型印刷物に適した卓上活版印刷機や、Vandercookと呼ばれる半自動印刷機、金箔や銀箔を圧着できる箔押し機など、用途に合わせて予約することができます。予約時に申し出れば、初心者でもレクチャーを受けて作品づくりを体験することも可能です。
本サービスへ出資した人々は「今まで活版印刷といえば、ロットで業者へ頼むしかなかった」「活版印刷で一枚ずつ手作りできるのが楽しそう」といった理由で賛同したといいます。時代とともに大量印刷が可能になった現代で、あえて昔の技術である活版印刷に注目が集まるのは、活版によって作られたプロダクトが、緻密で隙のない市販品と違って、人間の体温が感じられる「ストーリー性のあるモノ」である点ではないでしょうか。デジタルでは置き換えられない活版印刷というコンテンツは、まさにコト消費を求める消費者のニーズに合致すると考えられます。
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【体験レポート】ワークスペース「Echos」で活版印刷を体験してみた
活版印刷、どんなものか分からないけどやってみたほうが早い! ということで、ミセナカ編集部Kのやってみたシリーズ第二弾「活版印刷編」です。
初めての活版印刷にドキドキ。仕組みすら分かっていませんが、大丈夫でしょうか‥‥‥。
デザイナーA氏同行の元、活版印刷ワークスペース「Echos」にお邪魔します。
引き出しの中には版がずらり。Echosでは手ぶらで行っても、文字の版を借りて簡単なデザインを作ることもできますが、今回はせっかくなので事前にデザインデータを入稿し、オリジナルの樹脂版を作ってもらいました。
2色刷りカレンダーに挑戦したいので、一つのデザインを色ごとに2分割します。
なるほど、デザイン部分が凸型になっていて、ハンコのようになるわけですね。
まずは1版目。沖さんの丁寧なレクチャーのもと準備を進めます。
木片や小さなジャッキを使用して、樹脂版を貼り付けたメタルベースをセット
します。
印刷機に版をセットし、マスキングテープで印刷用紙を固定。丸テーブルに練ったインクをムラなく広げたら準備完了です。レバーを引けばインクのついた版に、セットした用紙が押し当てられて印刷される仕組みです。
まずは1版、きれいに刷り上がりました!
かろうじてカレンダーであることは分かりますが、まだ休日しかないですね。
赤いインクを使用した印刷機を一度綺麗に掃除します。
次は美しいブルーのインクを取り、先ほど印刷した用紙の上に重ねて刷ります。
ズレてしまいました‥‥‥!
固定した紙の位置が悪いのでしょうか。
根気よく一緒に調整して下さる沖さん。とっても優しく教えて下さいます。
試行錯誤の末、ついに綺麗に刷れました。触るとボコボコとした凹凸があり、活版印刷らしいへこみが見えます。活版印刷が商業印刷の主力だった当時は、へこみが出るのは下手だとされていましたが、現在ではこれを「味」としてあえて表現するクリエイターが多いそうです。
刷り終わったらまた綺麗にお掃除をして終了です。
今回特に感激したのが用紙選びです。手動で一枚ずつ刷れるので、さまざまなカラーや質感の紙で試すことができます。私は黄色の厚みのある紙で刷ったものが一番好きでした。デザイナーA氏は生成り色がお気に入りの模様。
また、Echosでは紙の持ち込みも可能だそう。過去には、和紙に名刺を刷ったり、ノートや布へ印刷してオリジナルグッズを制作された方もいらっしゃるんだとか。一つのデザインを色や素材違いで楽しめるので、ハガキやショップカード、エプロンにトートバッグと夢が広がります。
完成したカレンダーを自社に持ち帰り、周囲に見せるとみんな興味津々。文字のかすれやへこみがいい味を出している、と机に飾ってくれる人が続出しました。体験してみた当人たちも見れば見るほど愛着が湧き、体験自体がとても楽しかったことはもちろん、改めて一つひとつ丁寧に作った作品の影響力について感動することとなりました。
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「共感とシェアの時代に合致する、新たなツールを作りたい」
「今は共感とシェアの時代です」
肌で感じる消費者動向について、沖さんはそう語ります。
物よりも経験、そしてそこに思い出に残るようなストーリーがあるということ。品質の高さや値段の安さではもはや物は売れず、例えば同じハンドメイドの商品があったとして、その職人の背景やストーリーが見えるか否かだけでも、消費者の受け取り方は大きく違うものになるといいます。
Echosに訪れる人々は、商業用ツールを作成する事業者、作品作りを体験してみたい一般の方、それぞれ半々。20代後半から30代の男女が多く、名刺、ショップカード、年賀状、招待状など作るものはバラバラですが、いずれも共通していることは「自分らしいものを作りたい」「気持ち込めて作りたい」という思いだそう。
また、沖さんはEchosという場所や、そこで生まれた作品が、人々にとっての新たなコミュニケーションツールになってほしいといいます。活版印刷の一番の強みは、一枚ずつ丁寧に刷られたと一目で分かる「印刷の存在感」。通常であれば、情報を得ればすぐに捨ててしまうようなハガキやフライヤーであっても、活版印刷なら思わずじっと眺めてしまう、とっておきたくなるという心理を利用して、宣伝ツールとしての役割や、ブランディングにも一役買ってくれるのではないでしょうか。
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取材ノート
実際に体験をしてみて、活版印刷ワークスペースという場所が持つ特性が、消費者が求める「自分らしさ」「ストーリー性」と非常に親和性が高いということが分かりました。本サービスのメインターゲットは20代後半から30代。バブル崩壊後の90年代に育ってきた彼女たちはかつてのような「きらびやかな豊かさ」を知りません。だからといって、衣食住に困る時代でもなく、物心ついたころから必要なものはおおよそ安価で手に入れることができたため、所有することがステータスだといわれてきた高価なブランド品や高級車などに対して比較的、関心の薄い世代です。
これからの市場の柱となっていく彼女たちの心を掴んで、生き残るサービスを生み出すためには、「高いものやステータスがほしいのではなく、自分らしい何かがほしい」そんなニーズに応えるために工夫を凝らしていかなければなりません。
取材協力
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